LOG IN

浜名湖ボート事故で西野花菜ちゃんがなくなり8年たった

by YUMIMPO*

この事故でなくなってしまった、西野花菜ちゃんの通っていた、愛知県豊橋市立章南中学校に、ゆみんぽは、絵を贈呈させてもらったことがある。

花菜ちゃんが、YUMIMPO*の絵の個展にお母さんと来てくださったことがあり、そこで好きになってと、お母様からご依頼してもらったのだった。

花菜ちゃんが、本を読むことも大好きだったということで、花菜ちゃんが本来卒業するその時まで、図書館に飾っていただいてました。

当時は、まだ、自分でネットをやってなくて、色々伝えたい事をうまく言葉とかでは 発信できてなかった。

贈呈式の時の新聞の記事を読んだ方から、個人的にメールをもらえたりもした。けど上手く返信ができなかった。

贈呈式は、急遽参加させてもらったのに、私の挨拶の時間も設けられた。

もっと他にも、ここで話をしないといけない人がいたんじゃないか?と思った。

私は、花菜ちゃんに直接会えたことはなかった。

全てを知らない自分を前に出して、後ろに隠れた人がいたように思った。

けど、上手くそれを、みんなに伝えれるほど、器用でもなかったし、変に無神経でもあった。

そうやって、新聞社の人とかをよんで、絵を贈呈して、周りの人たちが、この事件を、風化させてくんじゃないか って、当時、嫌な気持ちもあった。

絵は、私のおばあちゃんが、元気が出るって、ずっと病室で飾ってくれていたものだった。

花菜ちゃんのお友達のお母さんたちが、式の後に、絵のことを、楽器がいっぱい描かれてて、すごく色合いとかも、花菜ちゃんが好きそうだよって、それぞれ思いを話してくれて、嬉しかった。

花菜ちゃんが本を読むのも好きだったからと、立派な本棚も贈呈されていた。そして、同じ名前だからと、西野カナも好きだったみたいで、CDや、ラジカセも贈呈されてたと思う。

花菜ちゃんのお母さんは、事故以来、中学校に行くこともできないでいた。

足を悪くしてしまったり、ショックで顔の表情が上手く作れなくなってしまってたり。

贈呈式の後、おうちに伺わせてもらった。

そしたら、私のPO*ストカードが額に入れていくつも飾ってくれていて、 好きで って言ってくれてた言葉が、 本当にうれしく思った。本当だったんだ、って、この時目にしてしまった。

西野家の一人娘だった。

運動もできて、絵もかけて、吹奏楽も、みんなの前で作文を読んだりと。

すごく優秀で、可愛い子だった。クラスでは、彼女のことを好きだった子も、少なくなかったんだよって、お友達のお

母さんから聞くこともできた。

西野花菜ちゃんの事を思っては、なんもできず ただ いつも泣いて終わってた。

この時のこととか、たくさんの人にいいたいと思ったけど、上手く言葉も出なければ、やり方もわからなかった。

今日、初めて、その事のが、少しでも、やっと、かけた。

この事故の関連の記事も少し貼っておきます。

かなちゃんのお父さんのFBの記事

最後まで読んでくれてありがとう

                        YUMIMPO*より

OTHER SNAPS